今月のお薦め本(1981年7月):ラリイ・ニーブンの<ノウン・スペース>シリーズ

<前書き:ラリイ・ニーブンのSF>

ラリイ・ニーブンは、ここで御紹介する<ノウン・スペース>シリーズの他、「インテグラル・ツリー」「スモーク・リング」等のハードSFっぽい作品や、剣と魔法の世界をテーマにしたファンタジー風のものなど、さまざまな作品を書き続けています。

個人的には、「剣と魔法の世界」ものも大好きなのですが、紹介できるほど読み込んでいません。また作者自身についても殆ど知識がありません。そこで、ここでは、氏の<ノウン・スペース>シリーズそのものに的を絞ってご紹介します。

1.ノウン・スペースの概要
ノウン・スペースは、その名の通り、「(未来の)人類にとって既知となった宇宙空間」の意味です。極く簡単に言えば、ノウン・スペース・シリーズとは、既知宇宙での人類社会の発展をテーマにした、未来史シリーズです。

SFにはこうした未来史シリーズが数多く存在します。例えばアシモフの陽電子ロボット〜銀河帝国〜ファウンデーションシリーズ、コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズ、あるいは、ハインラインの近未来ものなどが有名です。

これらは一言でくくれば「未来史」なのですが、やはり作者により、作品の性質は大きく異なります。例えば、「人類補完機構」シリーズの舞台は未来ですが、スミスは未来の歴史が書きたかったのではなく、人類への希望を描きたかったのだと思います。その際、主人公を異常な状況に置き、どのような過酷な状況でも人は人として希望を持って生きることが出来るのだ、と書きしるす必要があり、そのために、どのような異常な設定でも可能な遠未来を舞台に選んだのだと思います。

また、アシモフの場合は、「小説」という形を取って、純粋な思考実験を楽しんでいるような印象を受けます。例えば「ロボットが実用化された場合、社会はどのように反応するだろうか?またどのように変わるのだろうか?」といった自問があって、その答えを考え出す過程を自らの作品に表現している、という感じです。ですから、特に老年期以前の作品は、彼の専門分野である化学の実験の過程を記述するように、余計な色気もアクションもなく、お話が進んでいきます。そういう作風ですから、「果たしてこの思考実験の結末やいかに?」というミステリー味が必ず含まれる作風でもあります。

これに対して、ニーブンの未来史は『未来の普通の人々の日常生活への興味』がメインテーマです。例えばシリーズの前半(現代〜西暦2200年頃)では、「臓器移植技術の進展は社会にどのような影響を与えるだろうか?」というのが大きなテーマです。このテーマにスペースオペラ的な冒険風味を加えたものが、ニーブンの未来史と言えるでしょう。

2.ノウン・スペース・シリーズの作品一覧
全作品の一覧についてはこちらをご覧下さい。ご覧になれば分かるように、全作品邦訳済みです。ただし、このシリーズの殆どが、長期間にわたって在庫切れ状態になっており、出版社への注文等で簡単に入手できるのは、最新のリングワールド3作のみです(それ以外の作品も、WEB等で古本屋さんを探せば、入手はそれほど難しくありませんが、これは運次第です)。

もし、読んでみようと考えたら、「リングワールド」がオススメです。続編の2作はあまり面白くありません。特に「リングワールドの王座」は、たいそう読みづらく、「あの語り部ニーブンもお年を召したか」と落胆する出来映えです。

3.それではいよいよノウン・スペース・シリーズの紹介
ノウン・スペースは、現代から西暦3000年頃まで、約1000年という、SF未来史としては非常に短い期間を扱ったシリーズです。その歴史は、大きく次の5つに時代にわけることができます。

1)惑星間空間探査の時代(現代〜2050頃)

火星・金星そして外惑星の探査の時代です。お話も惑星探査でのトピックスがメインです。

2)太陽系外惑星植民創始期(2050年頃〜2200年頃)

人類は、小惑星帯と月の植民を進め、太陽系外の探査・植民にも着手します。同じ時期、あらゆる臓器の移植技術が完成し、適正な臓器の確保が社会問題になります。

3)平和と幸福の時代(2200年頃〜2400年頃)

人工臓器技術の進展により、臓器移植に関するさまざまな問題が解消されます。太陽系外惑星への植民も本格化し、また戦争や凶悪事件もなくなり、人類は平和の時を迎えます。

4)人類の既知領域(ノウン・スペース)拡大の時代(2400年頃〜2850年頃)

人類が初めてコンタクトした異星人、それは戦いを信条とする「クジン人」でした。人類はクジンとの戦争に追い込まれ、苦しみながらも勝利します。そして、アウトサイダー、パペッティア等の異星人とも出会い、彼らとの通商により技術改革をす進め、既知領域を広げて行きます。

5)幸運と退屈の時代(2850年頃〜)

「幸運の遺伝子」を受け継ぐ人が増加し、ノウン・スペースでは、何も目立った事件が起きなくなります。

以上を表にしてみたのが、これです。ご覧になって、どんな感想を持たれたでしょうか?「各作品の背景年代が異様にはっきりしている」と思いませんか?

そうなんです。このシリーズの各作品は、はっきりと年代が記されているものや、同じ人物が複数の作品で登場しおまけに年齢が記載されているため、別の作品の年代と比較することによって特定できるものも多く、そのおかげで、ここまでキチンと背景年代を特定できました。

もっとも、そうなると逆に2〜3年の矛盾が見つかったりもしますが、それは登場人物の記憶間違いと言うことにしましょう。


4.シリーズの各時代の作品紹介

1)惑星間空間探査の時代(現代〜2050頃)

ニーブンは宇宙開発技術の進展を過剰評価していたようです。この世界では、1980年代には、水星、そして金星に人間が乗った調査船が派遣されています。しかも、この調査船は、大事故で瀕死の重傷を負った宇宙パイロットの脳を取り出し、文字通り、宇宙船の頭脳として接続した「アンドロイド宇宙船」です。乗り込むのは、「宇宙船」の友人パイロット。この「2人」の手によって内惑星の探索がはじまります。

その後、1990年頃までには、人類は冥王星まで到着。1990年代には、お隣の火星の本格的探索が始まり、火星人の存在を示す「井戸」などが発見されます。

2)太陽系外惑星植民創始期(2050年頃〜2200年頃)

この時代、臓器移植技術が完成し、どんな部位でも安全に移植できるようになります。医学的にはすばらしいことですが、このことが社会に深刻な問題を引き起こします。それは「材料となる臓器が常に不足している」ということです。

「貰える臓器さえあれば命が助かるのに、それがないばかりに死ぬしかない」という事例が増えるにつれ、移植材料としての遺体確保を求める社会圧力が増加します。そして、死刑囚の遺体を本人の意思と関係なく移植用材料として使用することが合法化され、やがて、殺人・傷害などの暴力犯は無条件で死刑にされるようになります。

死刑にして体の一部を提供させることで、殺そうとした人や傷つけた人を元に戻せるのだから、当然ではないか、という理屈です。こうなると歯止めが利かなくなり、次第に、より軽い罪でも死刑が求められるようになります。この時代の最初の作品「ジグソーマン」は、この問題を扱った作品で、主人公は、現代ならば罰金刑程度の犯罪により死刑を宣告されます。

臓器への需要は、もう一つ、職業的「臓器狩り」殺人者と、もぐりの移植医による「臓器故買組織」問題を引き起こします。また、この犯罪を取り締まるために、「ARM(Amalgamated Regional Militia)合同地域市民軍」が設立されます。

この時代を代表する登場人物、ルーカス・ガーナーと、ギル・ハミルトンは2人とも、ARM の職員です(ギルはルーカスの部下)。ただし、ギルが主人公の作品は全て、この時代を背景にしたSFミステリーであるのに対し、ルーカスを主人公にする作品は、一部を除き、人類の生存領域が広がっていく過程をテーマにした作品です。

この時代、地球社会は、国連の下で政治的統一を実現し、太陽系内の植民も本格化し、既に、小惑星帯や月のドーム都市群は、地球政府と拮抗する、大勢力となっています。小惑星に住み着いた人々は「ベルター」、地球人は「フラットランダー」、月世界人は「ルーニー」と呼ばれています。また、人類の他、イルカとクジラにも知性が確認され、その権利が保障されています。

この時代の人類生存領域拡大を扱った最初の作品が、「プタヴの世界」です。15億年前に宇宙を支配したスレーヴァー族の生き残りが蘇り、地球を支配しようとするお話です。この事件の結果、人類は15億年前に起きた、スレーヴァー族と、その奴隷種族との戦争を知り、また、その中では時間の経過が止まるために、「停滞ボックス」と呼ばれる、スレーヴァー族の遺物が残っていることも明らかになります。

次に起きた重要な出来事は「フスツボク」事件です。銀河系の遙か彼方から、地球に移民し、「生命の樹」が枯れたためにまともな成長を遂げられなくなった子孫を救おうと、「フスツボク」がやってきます。(そうです。我々、地球人は「フスツボク」族のなれの果てなのです。)「フスツボク」は人類の将来を1人のベルターに託します。

3)平和と幸福の時代(2200年頃〜2400年頃)

「フスツボク」の遺志と先進技術を受け継いだベルター「ブレナン」は、密かに社会改革を支援し、その一環として人口臓器の開発技術を支援します。

これが大きな力となり、2200年頃には、安価な人工臓器技術が完成します。その結果、遺体から臓器を取り出す必要がなくなり、多数の死刑囚を作り出したきびしい法律は改められ、また臓器故買組織も壊滅します。

社会改革運動の方も身を結び、殺人などの凶悪犯罪がなくなり、太陽系の人類社会は平和と安全を謳歌します。また、この時代の初期辺りから、太陽系外に向けて、冷凍睡眠の移民を積んだ植民船が送られるようになります。こうして、ジンクス、プラトー、ウィ・メイド・イット等に植民が行われます。

ヴァンダー・ヴェッケン」は、そのあたりの舞台裏を明かした作品です。また、「地球人の贈り物」は、植民惑星に残っていた臓器移植問題が、地球からの人工臓器という贈り物によって解消されるお話です。

この平和の時代は、異星人クジンとの遭遇によって終わります。「戦士」は、このファースト・コンタクトのお話。地球人がたまたま異星の宇宙船と遭遇、争いというものを知らない彼らは無邪気に喜びますが、クジンの方は、テレパシーによって武器を持たない無防備な獲物であることを知り、容赦なく攻撃をしかけます。この遭遇の後、人類はクジンとの全面戦争に突入します。

4)人類の既知領域(ノウン・スペース)拡大の時代(2400年頃〜2850年頃)

クジンとの戦争は、平和に馴れきった人類にとって辛い経験でした。当初は技術的に優れたクジンが優性でしたが、十分に準備が整わないまま攻撃をしかけるというクジンの習性に助けられ、人類はなんとか持ちこたえます。

また、この頃、ウィ・メイド・イット星に、「スターシード」を追いかけながら、ノウハウを売り歩く宇宙人「アウトサイダー」人が現れます。人類は、彼らから超光速航行の技術を買い取り、この技術によって、巻き返しに成功します。

クジンとの戦争は何度か勃発しましたが、いずれも人類が勝利しました。シリーズのお話にはクジンとの戦争を直接扱ったものはありませんが、いくつかの話の中で昔話として触れられています。

例えば「帝国の遺物」では、表向きはクジンからも指名手配されているクジン海賊(実はクジン政府の密命を受けて行動している軍隊)との停滞ボックスの争奪戦が描かれています。

クジンとの戦争の頃、人類は草食宇宙人「パペッティア」とも遭遇。さらに、クジンの奴隷種族、「クダトリア」人を解放します。また。「恵まれざるもの」でも新たな宇宙人と出会います。

この時代には、人類の領域は、約30光年の範囲に広がっています。この時代を代表する人物が「ベーオウルフ・シェーファー」、ジンクス星出身の宇宙飛行士です。

彼は、「中性子星」で、初めて発見された中性子星の探査飛行を成功させ、次に、「銀河の<核>へ」で、銀河系中心部を探ります。その結果、銀河系中心部は既に巨大なブラックホールと化しており、ノウン・スペースも1万年後には中性子などに晒されることを発見します。この報告を聞いた、雇い主のパペッティア人は恐れをなし、集団で銀河系脱出を開始します。

ベーオウルフは、この後も、反物質星を探索したり、海賊と戦ったり、冒険をくり広げます。地球を訪問した際、ある娘と恋に落ち、(彼自身は遺伝的欠陥から、地球では子供を作ることを許可されないため)友人の協力を得て、「ルイス・ウー」という養子を得ることになります。この時代の最後の作品は、このルイス・ウーを主人公とする「引き潮」。これも例の停滞ボックスを巡る探査行のお話です。

5)幸運と退屈の時代(2850年頃〜)

この時代は、この前の時代と大きな相違はありません。唯一の違いは、「幸運を司る遺伝子」が人類に広く行き渡り、その結果、ノウン・スペースでは大きな事件が起きなくなったことです。

従って、この時代の舞台は、殆どがノウン・スペース外の「リング・ワールド」です。これは、銀河系脱出途中のペパッティア人が見つけだした文字通り指輪型の人工建造物です。それも惑星軌道サイズの指輪です。太陽の周りを指輪が囲んでいるという格好ですね。

「リング・ワールド」「リング・ワールドふたたび」で、ルイス・ウーは、パパッティア人に依頼されて、このとてつもない建造物を探検します。「リング・ワールドの王座」は、その後日談。これは持ってはいても読み進まないので説明不能です。

シリーズ最後の作品「安全欠陥車」は、植民惑星での事故の話。事故が起きても、みんな幸運な人ばかりですから、だれも本当には困りません。何とかなると気楽に構えているうちに、予想通り、ハッピーエンド。登場人物が誰も慌てないのではお話に起伏ができません。従って、ニーブンも「こういう世界を背景にしては小説は書けない」ということで、このシリーズは完結です。