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栗本薫さんは「第24回江戸川乱歩賞授賞式」記事の中でも絶賛されています。選考委員の一人に半村良(SFコンテスト出身者ですよ)の名前も上がっており、式も筒井康隆氏のスピーチで開始。「ともかく、三年連続で賞を取っている栗本氏が来年はなにを目指すのか、楽しみなところだ。SF界に出現した新しい才能の将来に期待しよう。」と結ばれています。 (以上、2001年10月頃記録 以下、2004.9.12追記) 今月は「イギリスSF特集」ということで、英国SF4作品を掲載。作者も有名な方ばかりですが、訳者も有名どころが4人お揃いです。 個人的に一番気に入ったのは「信号手」。SFとファンタジイと普通小説の境界線上にあるような作品です。信号塔が全土に広がっている(多分)中世のイギリスが舞台です。 実際には中世のイギリスには信号塔は広がっていなかったでしょうから、背景からして虚構の世界です。 主人公は、大怪我を負った少年信号手。彼があこがれの信号手ギルドへの入会を認められ、やがて一人前の信号手として最初の任務に就くまでの思い出話が中心です。 何ていうか叙情的な、ちょっと泣かせる作品です。 「限りなき夏」もセンチメンタルな作品。時間を切り取って固定するカメラ(?)が主要な小道具です。どういうことかというと、例えば走っている人を撮影(?)すると、その人は走っている瞬間の状態で固定され、周りの普通の人には見えなくなる、というもの。撮影された人は意識を失うようですが、死んだわけではなく、早ければ数日、長いと100年近く固定された後、自然に解凍されるのです(周りには突然、人が出現したように見える)。 主人公は、1903年に恋人からプロポーズを承諾された瞬間に一緒に固定され、1940年に一人だけ解凍されてしまいます、物語は、1943年、イギリス空襲の一夜の出来事を描いています。テーマは「永遠の愛」か? 「時を渡る種族」は、題名どおり異星人ネタです。この異星人は、とある砂漠の惑星に住んでいるのですが、これまた題名どおり、時間を移動することができます。それも、都市ごと時間を渡り歩いているようです。 この異星人の女性を捕獲した軍人3人と民間人(主人公)が遭遇する不思議な出来事が描かれます。といっても冒険SFではなくて、・・・一体なんだろう? 「宇宙船工廠に勤務して」は、どこが面白いのかさっぱり分かりません。アンドロイドの存在が普通になった近未来が舞台。アンドロイドに恋人を寝取られた、宇宙船工廠の工員が主人公。短い作品のかなりの部分が、個人的真実と客観的真実の相違、アンドロイドに対する人間の優位性等についての議論に費やされているのですが・・・すみません、ちっとも面白くないです。 (以上、2004.9.12追記) ************************** 世界SF情報によれば、ヒューゴー賞のベストノヴェルはフレデリック・ポールの「ゲイト・ウェイ」、ドラマ部門は「スター・ウォーズ」が受賞したとのこと。1979年はスターウォーズの年でした。シューティングゲームをそのまま映像にしたような感覚が新鮮でした。 ************************** (連載)Science Critiqueユーフォロジー論考(6)「UFOと国民栄誉賞のあいだ」の論調が面白いので、ちょっとご紹介。 「昨年突然に『国民栄誉賞』というものが設けられ、日本政府の名で、ワンちゃんこと、王選手に第一号が授けられた・・・」と始まります。 日下氏は、このことにご不満の様子で、「国民の半分の女性の殆どは野球などしないし、ルールさえ知らない人も多い(この辺が20年前を感じさせる論)男性にしてもみんなが野球好きというわけではない。」と論理を展開。従って野球選手にこの賞を贈るのは間違いだとおっしゃいます。 ところが、第三号の受賞者である探検家の植村直己氏については「だれしも異論のないところであろう」とのこと。日下氏自身の論理で行けば、国民の殆どは探検などしないし、探検のやり方さえ知らない人も多いのだから、野球選手以上に不適当だと思うのですが・・・ ************************** アメリカSF界レポート「ネビュラ賞はただのガスのかたまりか?」は、ネビュラ賞に関する批判の声を紹介しています。 ネビュラ賞は「すぐれたSF作品を選ぶに当たっての最適任者はSF作家だ」という考え方に基づき、アメリカSF作家協会の全会員が投票で受賞作を決めることになっています。しかし、実際のところ、毎日のように発行される新刊本全てを読めるほど暇な作家はまずいないし、海外在住作家に至っては全ての作品を入手することすら不可能。従って、作家同士の派閥活動の産物になっているという批判です。 批判派のハリイ・ハリスンによれば「(ネビュラ賞は)良くて人気投票、悪く言えば、票が売買されている」とのこと。ネビュラ賞はもはや改革不可能で廃止するのが一番、という説です。もちろん擁護派も存在し、例えばポール・アンダースンは、問題が存在することは認めつつ「それはノーベル賞を頂点する全ての賞が抱える問題(ネビュラ賞だけを問題視するのは間違い)」という考えのようです。ヒューゴー賞とかネビュラ賞といった大きな賞になると、受賞したというだけで本の売れ行きが変わるし、従って出版社や作者の収入にも直結するだけに、廃止するとなると大事でしょう。 ************************** 最後に、今号を持って「日本SFこてん古典」の定期連載が終わりました。戦前までの日本SF作品を紹介するユニークな内容、作者のヨコジュンの語り口のうまさもあり、毎号楽しみにしていた、数少ない企画でした。この連載は、私が大学生の時に始まり、社会人になってまもなく終了したということもあり、今でも、横田順彌とかSFこてん古典という言葉をみると、学生時代の懐かしい思い出がよみがえります。 |
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